2008年04月30日
腫れてる
ドライブを兼ねて愛大病院に通院。 今日は、暑い!

もう快気祝いも終わったのに。 又通院だー
Posted by 八坂石鹸 at
17:42
│Comments(10)
2008年04月29日
石けんの製造法
汚く見えますが石けんの釜です
石けんを作る手段として、油脂とアルカリを加水分解して作り上げる方法があります。
それぞれ用途や製造の規模により>コールドプロセス法、炊き込み・鹸化塩析法、中和法が主なものです。
コールドプロセス法は主婦や婦人会でおおく採用されていて、手作り石鹸や廃油石鹸などが有名です。
簡単に台所でも製造できます。今、はまっている方が多いと思います。
中和法は大量生産ができやすく、大手メーカーが用いています。
油脂は油とグリセリンの結合した物質ですが、グリセリンはダイナマイトの原料ですので
先に除去して油とアルカリを反応させます。出来上がった石鹸は、さっぱりとした石けんです。
炊き込み・塩析法もグリセリンを炊き上げ後、取るか取らないかの違いだけで、中小のメーカーが採用しています。
それぞれの良さがあり、私は是が良いとは言えませんが八坂石鹸は廃油を使った炊き込み・塩析法です
つづく
2008年04月28日
石けんの歴史
洗濯したり台所でお皿をあらったり、きれい
にするものを洗浄剤と言いますが、その中に石鹸と合成洗剤があります。どちらも化学物質で人間が偶然に、必全的にに作り
だされた物質です。どちらも、界面活性剤と呼ばれ、人間生活には、切っても切れない必要なものになっています。石けんの歴
史は古く、ローマ時代サプリの丘でいけにえの羊と木の灰とから、自然に石けんが出来、土にしみこんでました。この土は人々
から汚れょよくおとす不思議な土として大切にされ、このサプリがソープ(石けん)の名の起こりとされています。日本には1546
年、キリストの宣教師によって持ち込まれました。今のような石けんではなく、薬用として使われていました。現在の様な石鹸の
形になったのは明治初期からです。ライオンゃ花王が先駆者です。?以後洗濯や浴用、台所にずっと使われてきました。石けんは古い歴史を持ち、歴史的にも安全な洗浄剤として1970年頃まで汚れ落としの主役として使われていました。明日につづく
2008年04月27日
2008年04月26日
石鹸屋のつぶやき
10年後、私は、東京で働いていた。たまたま、私にとって衝撃的な本に出会う。
私のもやもやとした少年時代の疑問。
それを払拭してくれた、私のバイブルともいえる本。
子供のころ、遊泳禁句になった、理由。
石鹸屋が廃業寸前になった理由。
どうして石鹸から洗剤に変わっていったのか。
理解して、Uターンし、八坂石鹸をつぐことになる。
つづくそれを払拭してくれた、私のバイブルともいえる本。
子供のころ、遊泳禁句になった、理由。
石鹸屋が廃業寸前になった理由。
どうして石鹸から洗剤に変わっていったのか。
理解して、Uターンし、八坂石鹸をつぐことになる。
2008年04月25日
2008年04月24日
石鹸屋のつぶやき
昭和30年頃、山や川は私たちの遊び場でした。朝から晩まで密着して遊んでいました。
ところが、小学校低学年の時いつものように川で遊んでいると泡がたくさん流れてきました。
ゴミも流れてきて遊泳禁止になりました。子供仲間での噂では、上流の食品工場が汚水を流しているということでした。
いつまでたっても奇麗にならず、仕方がなく下流の海辺で時間を過ごすようになりました。遊び場は、海に変わっていきました。子供の遊ぶ内容も変わっていきました。段々大きくなるので行動範囲も広くなります。もう川での遊びは忘れたかのようでした。変わったことと言えば、家業の石鹸が全然売れなくなり、色々な商売をするようになりました。
アパートを経営したり、鶏をかったり、かつをを削ったり、最後は雑貨屋になりました。
それでも石鹸屋の仕事は、細々と、していました。よく仕事を手伝わされました。商売人の子供に生まれた宿命です。
私は、五人兄弟の五番目で上に兄が一人いますが、、何となく跡を継ぐのではと思っていました。
高校生の頃、石鹸屋は全然ダメになり、宇和島にもたくさんあった石鹸工場も一軒だけになりました。
テレビのCMでは、{白さとかおりのーー
src="http://i-yoblog.com/img/face/147.gif" style="width:15px;height15px;margin:0px;padding:0px;border:0px;vertical-align:text-bottom;" alt="icon137"/>」といつも流れています。私は、行政や大会社の言うことは割と信用するほうです。
なぜ川で泳げなくなったのか、なぜ川が汚れてきたのか、考えたこともなかった。
どうして石鹸屋が廃業寸前までいったのか、考えれなかった。つづく
2008年04月23日
八坂石鹸について
どうして八坂石鹸の名前が付いたのですか?とよく聞かれます。「父が昭和7年に京都で創業したんですよ。其の頃は、場所や地名を付けるところが多く、八坂神社の傍で石鹸゛製造を始めたのでそうゆう名前にした」と答えています。ただ今までに父から聞いた会社の名前は殆ど残っていませんので真偽のほどは分りませんが。その頃は洗濯機もありませんので家庭用としては洗濯固形石鹸だけです。ほとんど工業用がクリーニング専用の粉せっけんの製造でした。洗濯の洗浄剤が石けん以外ない時代でしたのですごく忙しく儲かったとのことです。戦争のため宇和島に疎開し、昭和24年に今の御幸町に開業したと聞いています。戦争後のため原料の油が配給制で、入手しにくいため、天ぷら廃油に目を付け、水で延ばした水石鹸なるものを作り営業ししていました。昔から廃油は石鹸の原料として又、飼料や肥料としてリサイクルされていました。昔の人はものや水を大事に使ってゴミの出ない自然を守る生活をしていました。昔の人は偉いのだ!
昭和30年頃から農薬や合成洗剤、食品添加物が開発され国民の生活は一遍しました。それが良いか悪いか分りませんが、小さな石鹸屋にも大きな影響を与えることになるとは、その頃は分りませんでした。 つづく
昭和30年頃から農薬や合成洗剤、食品添加物が開発され国民の生活は一遍しました。それが良いか悪いか分りませんが、小さな石鹸屋にも大きな影響を与えることになるとは、その頃は分りませんでした。 つづく
満足 満足 



